2011年も無事終わり 新しい年2012年が始まりました
無事と言う表現が 私にはピッタリです
1/19の息子の真夜中のバイク事故 救急救命センターからの電話
こんな年明けから始まり 3/11の東日本大震災 そして4/23 私の受洗
最後は12/22母の緊急入院で終わった
忘れようにも忘れられない なんとも凄い年でした
母ですが、入院時は 感染症による敗血症をおこし心不全、腎不全
血圧も低下し 昇圧剤で上げる状態でした 腎臓透析に輸血
助かる確率は4割と言われたのが22日
クリスマスは御ミサでの 音楽奉仕もあり
練習を重ねてきていましたが 正直それどころじゃなかった
事情を話し 連絡が来たら いつ抜けるか分からない
歌えないかもと伝えました
優しいSさんは 「気の済むようにしていいよ 歌いたいなら歌えばいい」と
歌わずに自宅待機??それも変な話
CCUで頑張っている母のそばには 30分以上いられない
だからと言って 自宅で待機?何を待機?
普通に いつもどおり過ごそう! 歌うぞ!
そう決めて いつ病院から連絡がきてもいいように 心づもりをし
12/23の聖歌隊の練習等 全てに参加しました
歌うと全てを忘れ、自分の置かれているつらい立場も忘れることが出来る
私はそれを知っていました
大学卒業の時も母は心臓発作で入院中
いつ連絡があるかと寝ても覚めても ビクビク・・・
でも 一旦歌いだすと 綺麗に忘れている 忘れられる
その集中力は 我ながら凄い 歌は私が生きるために無くてはならないもの
・・・そう認識したが22歳の時でした
雪の心配のあって12/24の夜は 御ミサ終了後 帰宅も遅くなるため
早くから 三宮のホテルに泊まる予定にしていました
しかし 今回のこの事態で何か連絡あった時 家族バラバラより
一緒がよいと 主人、娘も トリプルの部屋に急遽宿泊することになりました
病院から連絡がきたら! 電話が鳴ったら!の思いの中で 携帯の電源を切り
12/24の夕刻から 歌いました
母は頑張ってくれました 生き延びてくれました
全てを神様に委ね 歌う事が 無事出来ました
12/24 23時過ぎにホテルに戻り 持参していたシュトーレンを切り分け
お口に放り込む 甘くて美味しい
ありがとう お母さん・・・私を歌わせてくれて
でも 一睡も出来ないまま 携帯電話が鳴らないかとベッドで泣きました
翌12/25 「クリスマス音楽のつどい」
この写真も カトリック六甲教会の片柳神父様が
撮影して下さったものを拝借(笑)
無事 コンサートを終える事が出来 感謝の気持ちで一杯です
言うまでもなく このあと 母の病院へ・・・
12/25を境に 母は奇跡的に 持ち替えし 輸血も人工透析の管も外されました
乱れた 心電図も 落ち着きを取り戻しつつ・・・
神様は 私の母にもう一度生きるチャンスを与えて下さいました
そして 私に歌いなさいと・・・
感謝と喜びのうちに 年が明けました
母の病状は 良くはありません 熱もまだずっと続いております
でも悲しむことは 何もありません
私は しあわせだと 思います
そうそう、娘が1/9 成人式をむかえました
華やかな 振袖姿の 娘の母校のお友達です ポートピアホテルでの1枚
恵まれた 子ども達 どうぞ その幸せを誰かに 分け与えられる大人になって下さいね
2012年は どのような年になるでしょう
最悪の時も いつも物事の明るい面を見、
感謝すべきものがあることを悟らせてください
毎朝必ず祈る 「朝の祈り」 この言葉が 本当に現実になりました


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